2年目の3.11 南相馬での深堀隆介さんライブペイントのこと(当日)
3月11日の朝、TVをつけるとマイナスの温度表示、、
福島市内の朝はうっすら雪が積もっていました。
この日、南相馬の空は凍てついた澄んだ青。
勢いやまない浜からの風
ひどく舞いあがる砂ぼこり。
ライブペイントは津波発生時の午後2時46分から
水がこのあたりにあがってきただろう弱1時間と伺いました。
確認し準備に入ります。
常円寺住職 阿部光裕さん到着。
つるりん和尚さんこと、阿部さんは
除染作業に尽力されていらっしゃる方です。
和太鼓と献花。
場の傍に添えられた色紙。
言葉は深堀さんが震災から1年後の4月、
福島ではじめての展示を開催したときに書いたものです。
(展示場所は阿部住職のお寺 常円寺さん。)
→ 展示様子 ①
→ 展示様子 ②
あの日から2年。
時計が午後2時40分をまわるころ。
あたりを覆う寒気と激しさを増す浜風
砂粒が目に耳にぶつかってきました。
じっとサイレンの音を待つ時間。
風がやわらいだように思う。
同時に辺り一帯にサイレンが響きました。
瞬間、その場にいた全員が目を瞑ったと思います。
黙祷
それぞれが2年の歳月を飲み込みました。
この日、駆けつけてくださった森さんは、
サイレンが鳴っている間、じっと遠く
海を眺められていました。
最初に小さな和金が生まれました。
勢いを増す般若心経と太鼓の音。
金魚のなかに赤い花と青い空。
心もち弱まった風が静かにまわる。
こんな静謐な時間は初めてでした。
先に泳ぐ赤い尾びれの華やかな金魚に
元気よくついていく茶黒の出目金。
引き続く小さな小さな赤和金。
津波で流された上野さんのお嬢さん永吏可(えりか)ちゃん(当時8歳)と
弟の倖太郎(こうたろう)君(同3歳)だと。
ライブペイントの形をとっているけれど
深堀隆介さん全身から身を挺するような祈りを感じました。
だれも動かない時間がありました。
絵が仕上がる。
映像でしか知らないあのとてつもない濁流は
こんなに短かい時間であがってきたのか。
筆を置いた深堀さんは深く頭を下げ
ゆっくり顔をあげられました。
和尚さんを見られたときにこわばった表情が
すこしほどけたように感じます。
完成
深堀隆介さんと上野さんご一家。
上野さんは遺体の捜索や海岸清掃、被災宅の片付けを行う
ボランティア団体「福興浜団」の代表として、活動を続けています。
そして今なお見つからない倖太郎くんとお父さんを
捜し続けていらっしゃいます。
南相馬の夕暮れは本当にきれいで
闇は静かに気温をさげていきました。
あの日、水につかった方々の寒さを
その中での想像を絶する救援活動を
忘れられない話をたくさん聞きました。
絵は上野さんのご自宅へ運ばれました。
この絵は福島県南相馬にあります。
深堀さん、言葉にならない時間をありがとうございました。
拙いながら、ライブペイントの様子がすこしでも
多くの方に伝わり、皆さまの気持に残るものが
ありましたらとても嬉しいです。
来福のたびにのみこむ言葉が増えていきます。
次に絵師はとさんと一緒に1ヵ月後に迎えた
山田神社の春の祭儀の様子を書きます。
それから今、私が想っていることを。
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この日の様子は下記でもご覧いただけます。
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この日の様子は下記でもご覧いただけます。
野庵アルバム 深堀隆介20130311 南相馬公開ライブペイント
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